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ジョン・ケージ作風と主要作品

どのような人生を送っていたのか大変興味があります。


ごく初期の作品はシェーンベルクの音楽の直接の継承者の一人であるかのように、音列処理やリズム処理のある作品が多数を占める。1930年代の「クラリネットの為のソナタ」や「メタモルフォーシス」、いまや打楽器の完全なレパートリーである打楽器合奏の為の第一から第三までの「コンストラクション」がこれに当る。後者ではウォーター・ゴングなどの新しい奏法の発想的が芽を出し始めている。

1940年ごろから彼のアイディアが最優先する『発明』作品が増え、居間にある全ての物体を叩いて音楽を作る「居間の音楽」、史上最初のプリペアード・ピアノ作品である「バッカスの踊り」、ピアノの蓋を占めて声楽を伴奏する「18の春を迎えた陽気な未亡人」などがある。

50年代以降になるとケージ自身のトレードマークになる代表作が続々と出現してくる。1951年の貨幣を投げて音を決めた最初の偶然性による音楽の「易の音楽」、無音の音楽ともいえる1952年の「4分33秒」(第一番)、同じころの任意の42枚のレコードをテープに録音した「心像風景第5番」、1958年のラジオを楽器に見立てて構成した「ラジオ・ミュージック」、声楽の可能性を大幅に拡張し、後世のルチアーノ・ベリオの「セクエンツァ?」やディーター・シュネーベルの合唱曲「AMN」に大きな影響を与えた同年の「アリア」、同じく偶然性の音楽で初演時のドナウエッシンゲンの荒れた聴衆の野次も同時にドキュメンタリーとしてCD に録音されている「ピアノとオーケストラのためのコンサート」。1960年のプラスチック板を自由に組み合わせて楽譜を作り演奏する典型的な不確定性音楽の「カートリッジ・ミュージック」、1962年の何をやっても、あるいは何もやらなくても良い「4分33秒第二番(別名または原題は0分00秒)」、1969年のチェンバロを録音して変調し更に生のチェンバロと合わせる「HPSCD」などがある。

それ以降の音楽は日本やヨーロッパからの委嘱が増えている。「南天練習曲集」(1975年)は特殊奏法を使わないピアノ曲集。「音を置いていく」という手法。リズム・調性を無視し残響で一定の表現をしている。80年代はフランクフルトの第一部初演後すぐさま浮浪者によって放火され全焼し、アンチ・オペラ的存在が象徴されたオペラ「ユーロペラ」I?V。日本との思想的・精神的かかわりが強調された「Haikai・IとII」や「RENGA」、世界中どこでも良く演奏される「竜安寺」、史上最長の演奏時間で知られ、実際にドイツのハルバーシュタットで機械によって演奏されつづけられている「Organ2/ASLSP」(1987)。

晩年はナンバー・ピースと呼ばれる、題目が数字だけの作品が増え、最晩年の作品は巨大編成のオーケストラ作品「101」、90分の白黒映像に合わせて作曲されフランクフルトで初演された、一種のライヴ映画音楽の「103」、故意に合わせないため指揮者を排除した事実上のチェロ協奏曲で、初演時のシュトットガルトの1500人入りの見本市会場が満員になった五管編成の「108」One。などがある。


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2008年3月23日 22:28に投稿されたエントリーのページです。

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